いろは椿
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2015/08/15 (Sat) Back from New Jersey

仕事で海外に行くのは小さな目標でしたが、今年はひょんなことから叶い、三週間研修に行ってきました。NY Cityから電車で1時間位の所にあるMorristownという小さな街に滞在し、オフィスまでは車で15分程でした。

大人になってからはフランス語やヨーロッパが好きで、アメリカには距離を置いてきたのでしたが、初めて足を踏み入れてみると、来るもの拒まずといった感じで温かく受けとめてもらえる懐の広さが心地よいものでした。少し苦手意識のあった英会話にも短期間でかなり慣れたため、楽しすぎて困る位の毎日で、現地の同僚とも離れがたかった状態でした。

何でも一理は同じだと思いますが、特に今回は業務でしたので折衝ごともあり、ただ盲目的に海外の方法に倣うのではなく、日本に関する情報を知っていてこそ海外の同僚とも協議したり納得してもらった上で妥協点を探ることが出来るのを痛感しました。率直に、視点を相手と同じ所に据えるようにしながら時に俯瞰しながら、一緒に考える。営利のからまない仕事ということもありますが、結局は人を相手にする姿勢は共通すると思ったのでした。

戻って2週間が経ちました。そろそろ懐かしいんじゃない?と仲良くなった同僚がMorristownの風景を送ってくれるのも嬉しいものです。

つれづれ | trackback(0) | comment(0) |


2015/06/20 (Sat) 車窓から

大阪に出る方が近く物も充実していると、案外住んでいる県であっても県庁所在地側には出かけないものです。今日は所用でそちらに向かっていますが、何年ぶりかな?と考えてみたら、大学入試センター試験以来でした。

地元からその街に通じる路線は平成になってもディーゼル併用でしたがさすがに今は普通の電車です。ただ地方路線で車両は古びていて、天井に扇風機がついています。車内広告の女優さんは当時はみんな年上の人だったのが、同年代かすっかり年下になったのを、自分だけが齢を経たような感覚で眺めています。

雪の降る日に、友人達と問題の答え合わせをしながら緊張して二日間試験会場に行ったあの頃の私から、今の私はどう見えるのでしょうね。

つれづれ | trackback(0) | comment(0) |


2015/06/20 (Sat) 暮らすということ

大阪から実家に引っ越して4ヶ月経ちました。

ほとんどの人には何でわざわざ便利極まりない天満橋からそんな田舎に...(しかも西梅田に通勤するのに)と言われますが、たぶん同じ状況にならないと分からないだろうなあと思います。親が一人残り、自分も一人しかも体調(皮膚だけですが、見えるつらさ)を一度がたがたに壊すという経験をしてからの事です。

一人が気楽なのは言うまでもありませんが、一人を独りだと感じた時、ひとの精神は寂しさに少しずつ蝕まれると思うのです。それで私自身は何とか乗り切りましたが、親が寂しそうにし始めたのを見て、QOLが下がる前に一緒に住む方が良いと考えた訳です。本人はそんな時期を自覚せず私をパラサイトだとからかったり、実際養っているのではなく同居でお世話にもなっているのですが、私自身ではほぼ働きに出ている「お父さん」のような心境です、笑。

ちなみに仕事でくたくたになって帰ってきたところにきつい物言いをされると一触即発になりかけますし、こちらに関心のない話題でもなるべく聞き役になったり、人間のペースと関係なく動物がごたごたを起こしたり体調を壊したりするのをケアしたり、家族でも住むのはお互いある程度は忍耐が要るんだなと改めて発見することも。なるべく「ありがとう」と言いながら、一緒にいられる時間を大事にするのが一番です。

私は今後また住む相手を見つけることもあるでしょうし、それが日本かどうかも限りませんが、今は体力の限界と折り合いをつけながら良い環境と可愛い動物と美味しい食事を楽しんでいます。

つれづれ | trackback(0) | comment(0) |


2014/08/26 (Tue) 風景が心に与えるもの

アドラー派心理学に関する本をたくさんもらったので週末に一気に読んだのですが、読めば読む程、これまで自分が行き詰まった時に触れていた禅語や他の本と共通した点があることに気づきました。
たぶん、穿った説を打ち立てたり、大上段から述べる姿勢ではなく、人が悩み抜いた時に行き着く処は同じなのだと思います。

ニーチェの言葉も数年前から少しずつ読み返していますが、やはり似ています。
今気に留めたのは「風景が心に与えるもの」という一節でした。

『いつもの自分の生活や仕事の中で、ふと振り返ったり、遠くを眺めたときに、山々や森林の連なりやはるかなる水平線や地平線といった、確固たる安定した線を持っていることはとてもたいせつなことだ。
それらは単なる見慣れた風景に過ぎないかもしれない。けれども、その風景の中にあるしっかりと安定した線が、人間の内面に落ち着きや充足、安堵や深い信頼というものを与えてくれるからだ。
誰でもそのことを本能的に知っているから、窓からの風景を重視したり、セカンドハウスの場所を自然に近いところに選んでいるのだ。』
(「ニーチェの言葉」Discover社刊より引用)


普段、都会の高層オフィスで働いていますが、仕事の合間に何気なく外を眺めた時に、連なる山の稜線が目に入ります。それをみていると、山は太古からあそこにあって、こうして鉄筋建築の中で人間が世の中を動かしている気になっていることも、今はそんな一時代だなとこちらを眺めているのかもしれないとふと思うのです。そうした変わらない存在を見て、毎日ひとつひとつ驕らずに、自然の一部だということを感じながら今生きていることを大切にできたらなと思いを新たにしてもらうのです。
自分のルーツは都会と田舎と両方ですが、両方あって良かったと思います。

つれづれ | trackback(0) | comment(0) |


2014/08/24 (Sun) つるが伸びるということ

asagao.jpg

今年咲いた朝顔たちです。5月頃から晩夏の今まで、毎日代わる代わる眼を楽しませてくれます。

去年の冬あたりから少し調子が悪かった肌が、今年になって所々吹き出物が出て治りが悪く、薬が効かなくなってきて処方が変わった後6月から急激な皮膚炎になりました。目元を除く顔のほぼ全体が丘疹と紅斑で、要は真っ赤でぶつぶつだらけという状態でした。肌の症状というのは、そもそも身体が何かを訴えたくて反応として出してくる訳ですが、この間のストレスが過多だったのは自分でも認識していました。
それまで使っていた塗り薬は、副腎皮質の働きを抑制することによって反応させなくするというものですので、その薬を止めると押さえていた蓋がぱっと開いた状態になります。箱を開けてみないとどういう反応が出るのかは人によりけりで、何も起きない人もいるようですが、私の場合には随分派手に開いてしまったという訳です。

はっきり言って、顔の皮膚がひどい状態になるというのは大変つらいものです。ただ、元々10〜20代はニキビで悩んだ時期が長かったので、ああいよいよ身体がストライキを起こしたんだな、配慮不足でごめんなさい、とまずは自分にわびました。こんなの私じゃない!という反応は不思議と浮かびませんでした。おとなしくても暴れても、自分の細胞に変わりはありません。
ぶつぶつの時期も、その後の瘡蓋でごわごわの時期も、顔はひとつしか無いし、これだけ何でも敏感だと後になってもレーザーも移植も出来ないだろうし(爪も肌も髪も敏感なので、いわゆる美容系のことをすると必ず荒れます)なるべくいたわって、まるく治しきることが大切なので毎日をより丁寧に過ごすようにしています。一番ひどい時期から3ヶ月近く経った今まで、毎日欠かさず皮膚の状態を写真に撮って見ておくということも続けています。(かなり自虐的な方法ですが現実を突きつけることで精神力はつきます。)
職場柄も幸いしたのと、上司はとても理解がある方なので、治るまでとても時間がかかることを淡々と見ていて下さり、マスク通勤での勤務時間や食事の場所をそれとなく配慮して下さったり「まだ治らないのか」等と無茶なプレッシャーをかけられることが全く無かったのはとても有難い点だったと実感しています。

驚く程の状態まで行った後というのは、皮膚は本当にゆっくりゆっくりしか再生しません。一ヶ月単位で変化を追う位の気長なもので、しかも人それぞれです。似たような症状が出た、という人でも「似た」と「同じ」は非なる所があって、その人が早く治っても私が同じ時間で治るかどうかは他人ですから違います。食べ物、環境、体質、心理状況、そうしたすべてが包括的に影響しますし、条件が異なるからです。ただ、それぞれの境遇であっても、つらい思いを経たという所が共通するということです。

朝顔の話に戻りますが、毎日毎日、治りますようにと思いながらベランダで日課の水やりをしていると、前日は小さな芽だった朝顔が翌日には葉をつけていたり、或る日ぴよんと伸びかけてきたつるが、翌日には隣のオリーブに手を伸ばしていて、夕方にはもうくるくる巻き付き始めているという植物の姿に、とても励まされました。小さな鉢に植えて水をあげているだけで、こんな小さな植物が毎日活発に変化していく様子に、細胞の営みの力強さを感じずにはいられませんでした。
人間も動物ですから、ただシンプルに細胞の強さに任せてあげれば良い方に伸びていくのだと信じさせてもらえたことに感謝しています。

朝顔は今も毎朝咲きますが、綺麗に開くこともあれば、くちゅっとした花になることもあります。どれも、咲いたね、と愛でることにしています。



 

つれづれ | trackback(0) | comment(0) |


<< back | TOP | next >>

どんな人?

椿

Author:椿
冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

訪問御礼♪

Quelle heure est-il?

お便りはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

Online Counter

現在の閲覧者数:

ブログ内検索

RSSフィード

お気に入り

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。