いろは椿
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2011/11/28 (Mon) 東京の「舞の会」

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東京・国立劇場で11月恒例の「舞の会」に伺うようになって、三年目。今年も先日25日~26日の二日間の公演を、前日の24日から東京に入り、拝見してきました。

少し遡って、入門させて頂いた年の秋。お着替え部屋の掲示板に貼られていたこの会のチラシを眺めていて、大先輩の舞踊家の方が「もうこんな季節やね」と仰り、「東京までいらっしゃるんですか?!」と驚く私に「毎年のことやけど?先々代からご一緒してますから」と微笑まれたことを思い出します。
まだ数回伺っただけのことですが、自分が60歳位になったらdeja vuのようにそんな会話があるのかもしれないな、と広い楽屋の片隅でぼんやり考えたりする瞬間もあるのでした。

今年は、初日のトリに御家元が「山姥」を舞われ、前段の枕づくしと後段の山めぐりの両方ともに拝見できる特別版でした。「山姥」は、「山めぐり」の段だけは舞踊会で様々な方が舞われるを観ながらも、お稽古初めの頃など実際はちょっと面白さが分かりかねた曲だったのです。山姥の神性と自然の景色を見せるとあって、抽象的な分、艶物など感情移入しやすいものと比べるととっつきにくかったのだと思います。
果たして今回、前段の枕づくしから場面が転じて、奥の襖がさあっと左右に開き、後段が始まった時、こんなに良い曲だったのかと感慨を覚えずにはいられませんでした。音も三味線だけとは思えない程に劇的で、舞の動きにつれて、秋の色づいた山々を高みから俯瞰するような心地に包まれたのです。山めぐりのこの雄大な広がりは、前段の枕づくしの濃厚さがあって尚更生きるものだとも感じました。

山姥であって天狗ではありませんが、劇場の座席に座っている筈の身体がふっとさらわれて、一時の飛行の後にそっと戻されたような感覚でした。

私の想像力に過ぎると言われればそれまでですが、観ている人間にそれだけのものを見せる舞う身体の力というものがこの場合には確かに存在すると思っています。舞台として魅了する技量、造作としての美しさ、そうしたレベルを飛び越えた所で、煌めく大きな何か。

DSC_0215.jpg

二日目は、果報にも夜の部を通しで最初から最後まで舞台を拝見できました。
目当ての「鐘が岬」と「羽織褄」を存分に堪能でき、大満足で大阪に帰り着いたのでした。

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冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

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