いろは椿
2011/11/12 (Sat) 奈良には随分

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近くて遠いのです、奈良。
五條辺りは実家から車で東行するといつの間にか着く距離ですが、奈良公園ともなれば電車で遥々、という感覚が否めません。
今は大阪に住んでいるため、近鉄電車に乗って思いの外すんなり行けることは分かっていますが、あ、そうだ、と思い返してみると二年前の同じ頃にも同じようなことをブログに書いていました。

その時は、奈良の能楽堂で舞の会があり、先生のお供で訪れたのでしたが、雨の日に、木の香りのするお座敷の楽屋で聞いたことのない不思議な鳴き声が響き渡った時の驚きが今でも蘇ります。
鹿といえば漆黒のつぶらな瞳の愛くるしさに魅せられますが、そういえば鳴くのは雄鹿で、妻問いのためと言われます。

君に恋ひうらぶれ居れば敷の野の秋萩しのぎさを鹿鳴くも (万葉集より)

奈良を思い出したのは、秋になってから教えて頂いていた地歌「大仏」のことからです。
京都方広寺の大仏と奈良の大仏を男女の仲に見立てた歌なのですが、六年前に舞浚い会で初めて拝見しました。
曲名の無骨な印象からは想像のつかない、大らかでいて艶のある舞がとても新鮮で、以来、浴衣会などで他の方が舞われるのも楽しみにしていたのです。
果たして、自身が教えていただく段に至っては、例によって難しい...という点がいくつもあり、地歌には珍しい幸せなカップル(大仏さん同士ですが)の捉えどころの無さもその要素の一つであるように実感しています。

大仏の妹背は京と奈良坂や 児の手柏の両面(ふたおもて)
窓から窓の垣間見に 囁く声もこだまして 聞いて居よとも耳塚に
何の遠慮も太しき柱 互いに手に手をのばし合わして抱き締めて
穴を忍び路潜らばくぐれ 鳥はものかは釣鐘さえも
衝かぬ夜明けとまた布団着て 寝たる姿や東山

歌詞だけでなく、地歌の曲として聴くと、明るい切なさがあって良いものです。
振りも色事におとし過ぎずに、程々にしな良く構成されているのですが、大仏さんの柱抜けを模した所がありまして、それで気づいた事には私はあれを潜ったことが無いのでした。何度も奈良の大仏殿には行っていますが、いつも人が多く、何だか勝手に大きさを拡大解釈していましたが、本来は狭いもので、それを潜るというのだからその場合に身体はどう動くか、振りとして頭で処理するのでなくて、身体で考えるという点についてご指摘を頂きました。本当に、一つ一つが勉強です。

季節も好いことですし、いっそ奈良公園まで足を延ばそうかしら...という気持ちにさえなりました。



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冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

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