いろは椿
2008/07/23 (Wed) 相合橋の上

showa3.gif

仕事帰りに一路、心斎橋筋を抜けて南に向かった先は道頓堀に架かる相合橋です。本日は宗右衛門町のお祭りで、山村若御家元が夜7時50分から橋上の仮設舞台で舞われるというので伺ってきました。
少し遅れて、初めの曲名が分からないまま拝見。二曲目は「十二月」。お祭りの真ん中、しかもミナミとあって普段の感覚からすると完全に「away」な場所柄ですが、ごく普通にお祭りに来ていると思われる人達も足を止めて見入っていました。中には「分からん」とぶつぶつ言っているおじさんも居るのですが、それでもわざわざ観ているのです(笑)
やはり御家元が町のお祭りに一肌脱いで参加されたというのも、舞という芸能をいわゆる「文化」という面映い枠に嵌め込むだけでなく、本来大坂の街で育った芸にはこういうものもあるんだよと自由に観て楽しんでほしいというお心の表れかと思い、「何だかゆったりした雰囲気」「動きが滑らか」「扇ってああいうものなんだ」等と感じたり、またはただ眺める人がいるのも一興なのだと思いました。スピーカーを通して流れる菊原光治師の三味線と唄も不思議とお祭りに溶け込んでいましたが、奇を衒うことなくあくまでいつもの舞台のように紋付袴で落ち着いて舞っていらっしゃる御家元は真のエンターテイナーだと感じました。

「かぶく者」という漫画があって、その中ではストリート歌舞伎を街中でゲリラ的に演じる主人公が出てきます。(若者の街に行って、いきなり助六の一幕を演じたりするのです。)観客に意気が伝わるかどうかは自分の腕次第というところで、その芸能の型や範疇できっちり観せて人を惹き付けるかどうかというのは、芸能の生命力を量る上で面白い試みかもしれません。
江戸や近世の研究者である田中裕子さんの文章で次のような一節があります。
「ちなみに、柔軟性とは迎合のことではない。柔軟性は時代の特質や要請を見極めて出てくるもので、迎合は表面的に、「いま受けるか受けないか」だけを基準にするものである。根本を守ることも柔軟に対応することも、地に足をつけて歩み、限界を知りつつ行動して、初めて可能なのである。」

橋の画像を撮り忘れました。昭和3年の画像を見つけたので拝借。手前から日本橋、相合橋、太佐衛門橋とのこと。左岸には芝居小屋が並んでいた時代だそうです。

きくみる | comment(0) |


<<上方文化再生フォーラム | TOP | 京都観光>>

comment











管理人のみ閲覧OK


| TOP |

どんな人?

椿

Author:椿
冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

訪問御礼♪

Quelle heure est-il?

お便りはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

Online Counter

現在の閲覧者数:

ブログ内検索

RSSフィード

お気に入り

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード