いろは椿
2012/03/18 (Sun) 転がる先

思想家の方が亡くなった事に触れた文章を読んでいたのですが、子供の時に遊んでいた玩具を思い出しました。

名称は忘れてしまいました(○○牧場?)。
真ん中に牧場の小屋を置きます。
小屋には四面に小さな(猫用ドアのように片側から押せば開く)上だけ蝶番式の戸がついていて、戸の外には別の板状のパーツを取り付けます。
それぞれの板には、牛、豚、馬、鶏の形をした凹みがあるのですが、動物は5つのパズルのパーツに分解されています。
小屋の模型の煙突から入れた玉が小屋の内部を通って任意の戸から外に出るため、自分の板に玉が転がってきた人は、動物のパーツを一つ置くことが出来て、全部揃ったらあがり、です。

小屋を通った玉がどの戸から出るか、見えません。
一回毎の確率は25%でしか無いですし(笑)、部品の研磨状態や傾きによっては出やすい戸があるんじゃないか?等といった細部の条件も影響するかもしれません。

見たり聞いたりした情報や思考が、その人の中を通ってどう表れるかも、結局そんなことなんじゃないかと思ったまでの話です。

Aって言ってるんだからBという意味だろう、と思っても、必ずしも他者がそう思うなんてことは幻想に近く、では、その都度言葉で擦り合われば一致するかと言うと、言葉の定義自体がそもそも違う(定義の元になる考え自体、各個人がそれまでに作っている)のですから、擦り合せたと思った瞬間すでに大きくずれている事だってあります。

そんな途方も無さ過ぎて無為なことに思いを巡らせてみると、ま、いいか、と思えて、逆にちょっと元気になったりしませんか。

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2012/03/10 (Sat) 砂時計のこと

20120303

先週は友人の寿披露パーティでした。一週間って本当に早いなあと思います。

お祝いをしながら改めて、一緒に歩む人というのは、先だけを見て行ける人なんだろうなと感じました。
人間、お互いを理解するなんて無理だと思うのです。過去と現在、相手が何を考えているのか理解できないという事実を丸ごと包容できるかどうか、という気がします。

時間について、普段ふっきろうとしては拘泥しての繰り返しなのですが、
楽しい事があった時はそこから離れたくなくて否応なしに日が経つのを速いと感じ、哀しい事があった時はそこに立ち尽くしたまま気づけば日が流れていて速すぎると感じます。
でも、同じ長さなんですよね。
積もった砂を振り返って感傷を覚えるのは心一つであって、人の心ほど危ういものは無い。
生きている以上は淡々と砂時計をひっくり返し続けるしかないのでしょう。

充分大人になってから添うことを決めた二人には、これからのお互いの流れる砂を笑いながら見つめていられる器を感じました。

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冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

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