いろは椿
2011/02/11 (Fri) 冬の苺

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露地で穫れる時期には勿論のこと、冬になると苺を毎日食べてしまいます。
もともと果物どころの実家では季節外れのものは全く買わなかったのです。ところが、留学後親元に戻った私にある時父が買ってきてくれた所がもの珍しさで美味しく、喜ぶとなるといつも買ってきてくれるようになり、私だけすっかり習慣づいてしまいました。

さて、家族というのは、同じ建物の下に住んでいて生活を共にしているのだから、成れるのが当たり前、お互い思いやってもらえると思っていると頭打ちになることがあります。
血が繋がっていようと、他人と暮らそうと、私は作ろうという気がないと家族というまとまりになんてなれないと思っています。

一緒に時間を過ごして、お互いが相手にベクトルを向けようとする双方向性があればそれで良し、
あるいは、そのベクトルの長短であったり、もともとの強さ弱さのバランスが違う場合には、より長く延ばせる人、より強い方の人が向き合おうという意志をより強く持たないと成立しない。

世の中にはこうして段階だてて考えてみなくても自然に出来る方が沢山いらっしゃるでしょう。何故このようなことをここに書いているのか理解に苦しまれるかもしれません。
でも私の場合には、父が入院して、自身の慢心と反発を封印し、父の弱さを全部肯定しながら終わりの見えた病室での一家団欒を心底楽しんだという不思議な日々があって、本当にやっと気づいたことでした。

自分の理想や思いにばかり囚われて、小さなこと一つ一つに気づいてあげられなかったのは、他の事では殆ど本気で後悔というものを持たない私にとっての唯一の後悔です。

以上は極端な例ですが、
家族という単位でなくても、関わりというのは似たようなものかなという気がします。
私自身はそういう経験はしたものの、家の外では相変わらず個人主義で醒めているのは変わりようがありませんが、
この所、無縁社会という言葉を耳にするにつけて、そういう呼称に踊らされず、真剣な関係なら取り返せるうちに一つでも糸口を見つけて構築するなり取り返すなりしてほしいなと思わずにはいられません。その人自身にしか出来ないと思うので。

つれづれ |


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Author:椿
冷静と情熱の間で彷徨う日々です。解らなかったことが水滴同士のようにぴたっとつながる瞬間が好き。お仕事は横文字に浸かって、趣味で上方舞を続けています。

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